スペシャル企画〜Reno60’S〜
「スピードに賭けるヒコーキ野郎たち」
その記事の存在を知ったのは、「なぜ彼らはプロペラ機を愛するのか?」を読んだ時です。
著者コメントの中でレースカメラマンの桜井健雄氏が記した
「大昔の少年雑誌に載っていたリノ記事が人生を変えた」と言うくだりに興味を持ちました。
60〜70年代の少年雑誌において軍事ネタ一色のミリタリーブームがあったと言うことは
知識として知ってはいましたが、まさかリノが取り上げられているとは思いませんでした。
大体当時は1ドル=360円。
日本人にとって海外旅行は月に行くのと変わらない夢物語であった時代です。
そんな時代に観光地でもないリノに行って取材をした人がいた。
去年、パイロンに向かうバスの中で桜井氏からそう聞かされて俄然興味が沸きました。
そして先日、ついに桜井氏からその記事のコピーを頂いたのです。
これは是非公開して皆さんにも楽しんでいただきたいと思い、
案内役をリズ嬢にお願いしました。
半世紀以上続くレシプロ戦闘機のジュラシックパーク、Renoの歴史の一端をご覧あれ。

もう表紙からして飛ばしてます(^^
緑や茶色が主のミリタリー記事ばかりの中で、この極彩色の機体が与えた
インパクトはいかばかりだったでしょうか。
気になるのは、どうやってこの時代に米本土に渡ってステッドまでたどり着いたのか。
64年に海外旅行の自由化がなされたとは言え、少年雑誌の取材費でまかなえる旅費ではないはずですし。
ちなみに当時の一流企業の初任給が35000円前後の時代に
ハワイ8日間のパックツアーで50〜60万円していた時代です。
一財産はたいたのか、それとも何かコネがあったのか。
考えられるのは米軍関係でしょうか。
元米軍の知人に聞いた所によると、軍属でも不便を我慢すれば本土に帰る輸送機に
便乗と言う事も不可能ではなかったようなので、これならなんとか。
それでも、本土に上陸してからの交通費などを考えると
生半可な旅路ではなかったのではと思えます。
これはぜひ取材なさった渡辺氏にお話を伺いたいところです。
さあ、それでは60年代のリノへ!