RENO AIR RACE 2007体験記
RENO 5日目
金曜日、この日はトニーさんの今年初の決勝レースが行われる日でもあります。
バイプレーンやフォーミュラワンの決勝ヒートはたいてい朝早くからになりますが、誰が朝の8時に観に来るんでしょう(^^;
と言うわけでパイロンで見るつもりだった我々は、7時半に出るパイロン行きのバスに間に合うように朝の6:30に出発。もちろん外は真っ暗です。
プレスルームでは去年会った国際線のパイロットで画家でもあるジョナサンと再会しました。もちろん本をお渡しすることも忘れません。

低い朝日に照らされ、トニーさんの#31“タンゴ・タンゴ”が出陣します。赤系統が多数を占めるバイプレーンクラスにあって、純白のTT31は非常に目立つ存在。遠くから見てもすぐ判別がつくので観戦するほうとしてもありがたいです。
この日の気温はかなり低く、ウェストパイロンの吹きっさらしでは寒いぐらい。それでいて強烈な陽光は何かアンバランスな感覚でした。
そしてバイプレーンの離陸が始まり、ブロンズからだからとのんびり構えていた我々は丘の向こうから飛び出してきた白い機体に慌てます。シルバーからじゃん!?
慌ててビデオカメラのスイッチを入れますが、これが立ち上がりに30秒ぐらいかかる代物でして、一周目は間に合いませんでしたorz
気を取り直して二周目、三周目と撮っているうちにだんだんファインダーに収められるようになります。当たり前ですが、欲張ってアップのままで追お
うとするとパイロンあたりの角速度最大になるところで見失うことが多いんですね。だから、丘を出てくるあたりではロングから狙いの機体を見つけてズーム
し、パイロンに近づくにしたがってズームアウトしていく撮り方をしていました。
機体が通過するたびに腰を可動限界まで捻らなければならないので、普段の運動不足がこういうところでも祟っているのを痛感させられますorz
何とか最後の1〜2周ぐらいはまともに見れる程度の画像が撮れて一安心。
後でトニーさんに画像をお見せしたんですが、非常に興味深く見ておられました。やっぱり自分が飛んでるところを客観的に観る機会ってそうそう無いですからねえ…それがパイロン付近の画像となるとなおさらです。
これだけでも撮った甲斐はありました。
そしてフォーミュラワンのシルバー、バイプレーンのブロンズを経て、運命のフォーミュラワン・ゴールドレースが始まったのです。
逆風なので例によってスキャッター・パイロンで一回りした編隊が第一コーナーへ殺到していきます。我々のいるウェストパイロンからはグランドスタ
ンドの手前で丘に隠れてそれ以上は見えません。編隊が向こうに消えてから程なくして事態は急変しました。各機ばらばらに上昇していきます。明らかに何かを
避けているような振る舞いです。もうそれだけで何かが起こったとわかる慌て方でした。
そして、丘の向こうでうっすらと煙が立ちのぼります…。
我々プレスにも動揺が広がります。足元が揺らぐような強烈な不安感、単なるトラブルであって欲しいとの願いもむなしく、上昇していく機体の数は明らかにさっきのスタート時と比べて二機減っていました…。
すぐさまバスに集められ、帰ることになった我々プレスに、社中で「校長先生」と慕われるプレスのベテラン格のトムさんが分かっている限りの情報を説明してくれますが、誰が落ちたのか、その生死はといった肝心な部分は分かりませんでした。
プレスルームに戻ると情報は錯綜していました。その中で段々と分かってきたのは、二機が接触したこと、一機はまっさかさまに墜落し、もう一機は不
時着したと言うことぐらいでした。その時、降り注いだ破片が第一パイロンのスタッフに軽傷を負わせたと言う事も分かってきました。
衝突だけでなく、二次被害も出ていたことに皆青ざめます。正直自分もこの時点で今年のリノは終わりなのではと考えてしまいました。
そして、騒然とした雰囲気のまま時間が過ぎて、一時間半後位でしょうか、表に集まるように我々プレスに指示があります。
最高責任者のマイク・ホートン氏の会見が始まると言うのです。
ピックアップの上に立つホートン氏は、冷静によどみなく話し始めます。
痛ましい事故の状況、家族に連絡を取ったこと、今日のレースの全キャンセル、そして明日以降のレースの開催についてFAA(連邦航空局)との競技の上決定すると言うこと。
英語能力が高くない自分でも、これだけのことが大づかみに捕らえられるぐらい明確で、筋の通った話しっぷりであるように思えました。取材に来ていたテレビキャスターの質問にも的確にてきぱき答えています。
よく日本で事故などが起きたときに見られるもどかしさとは無縁の実に分かりやすい会見でした。ここに、危機管理の意味を見せ付けられたような気がします。正直圧倒されてました。
大体出揃った事故の状況は
:第一パイロン手前で、#4ジェイソン・サムズと#95ゲイリー・ハブラー機が接触。
:外側からかぶってしまった#4が#95のプロペラに後部胴体を切り裂かれてそのまま前方に投げ出されるように不時着。
:#95は高度を失い墜落、二機の接触の際に破片が多数第一パイロン付近に降り注ぎ、5人のスタッフが軽傷。
:ジェイソン・サムズは病院に運ばれて一命を取り留めたが、ゲイリー・ハブラーはほぼ即死。
というものです。
ゲイリー・ハブラーの#95゛マライア”は去年もこのクラスで優勝した最強の機体でした。あの純白の機体はハンガーで何度も見かけています。
その機体が永遠に失われ、パイロットまで亡くなったことに誰もが衝撃を受けていました。昨日あんな惨事があったのですからなおさらです。
唯一の救いはジェイソン・サムズ氏が助かったことと、パイロンジャッジを含めたスタッフが軽傷で済んだ事。
それでも、皆一様にショックは隠せませんでした。
しかし、生きてるものは立たねばならないし、飯も食わねばなりません。
外に出てみると、山下さん親子と竹光氏がかなりお年を召した老人のプレスと話しています。
聞いてみると、なんと朝鮮戦争帰りの元戦闘機パイロットで、P80から始まってP51,F104.F105まで乗ったと言うバリバリのセンチュリーシリーズ世代でした(!)
当然日本にも駐留していて、どうやら福岡のあたりの基地から出撃していたそうです。
去年のコルセア乗りのおじいさんもそうですが、世代的にリノにいる老人は朝鮮戦争世代が主になってきているんですね。歳を考えれば当然のことですが。

レースはキャンセルされましたが、イベントは続いています。それは我々プレスにとっても救いでした。
優雅なスノーバーズの奇跡を見ているだけで少し心が落ち着きました…。
ピットで、我々は思わぬものに遭遇します。ラジコンサイズのギャロッピング・ゴーストの模型!

いったいなんだとしげしげと見ていると、なにやら大きな荷物を抱えた外人さんがそこに。どうやらこの人神谷氏と同じ模型屋さんみたいです。
近くにいた神谷氏を呼んで話を聞くと見せてくれたのは1/72のストレガのガレキでした。他にも各エアレーサーのデカールも作ってるみたい。
実はこのストレガ、一体成形モデルなのです。
当然アンリミモデルのことも知っていて、リフ・ラフ以外のキットは全部持っているとか(^^ 彼、ゲイリー・マクローリーいわく神谷さんは「My Hero」だそうです。
本人は照れまくっていましたが。
こういった思わぬ出会いは、リノならではのイレギュラーですね。
途中でダンディで名を馳せるカメラマンの瀬谷氏と遭遇し、そのままヘリテイジへ行こうという流れに。時間はありますし、新たに来た機体があるかどうかも気になります。
お客さんの数も増えているみやげ店界隈でレモネードを休憩がてらいただくことに。これが美味しかったー!
アメリカだからどぎつい色のついたものかと思っていたら、意外や意外、生のレモンも入っている本格派で、実に爽やかな甘さ控えめのレモネードでした。生き返りましたよ(^^
ヘリテイジやミリタリーにはこれと言ってめぼしいものは無く、デザート迷彩のタイガーUがあったぐらいでした。
デザートタイガー仕様のF5
定番の「レガシイ・フライト」

気疲れもあってか、早めに撤収することにした我々は、やはりと言うかなんと言うか中華へ向かいます(笑)このころになると、晩飯を決めるときに
「どうする?」とお互い問いかけた場合、それはもはや「どこに行く?」ではなくて「どのメニューにする?」を意味するようになっていたのです。
帰りの道中、昼に聞いた「プレシャスメタル他二機がグランドシエラで開かれるリノ映画のプレミアのためにホテルで展示されている」と言う情報が気になっていたワタシは、桜井さんに無理を言ってホテルに寄ってもらいました。
だだっ広い駐車場から見えるホテルの周辺には機体は見当たりません。いったいどこだと思っているといましたよ!
なんと三機のエアレーサーはホテルの表玄関に鎮座していたのです。
よく見ると飛行機が!
眩しい陽光ではなく、夜の帳の元で眩い照明を受けたその姿は何か不思議な雰囲気がありました。どうも現実感が薄いのです。
しばらく見ていた我々が出した結論は、「これは博物館の中の質感だ」と言うものでした。ここ何日か日本ではありえない生きたレシプロ戦闘機を見慣れてしまった自分が違和感を感じるのも当然です。

しかし、華やかな照明の元のエアレーサーと言うのはこれはこれで妖しい魅力があります。特に外板が微妙に波打っているプレシャスメタルの美しさは幻想的ですらありました。

いかに機体表面に凹凸があるかわかります
桜井さんも、何かカメラマン魂を刺激されたようで、燃えています(^^)
結局、周囲の客に怪しまれながら舐めるように皆で写真を撮りまくってしまったのでした。
重苦しい一日の澱が、払われたような気がした幻のような一瞬です。
そして、いったい明日以降のレースはどうなるのか、答えは出ないまま我々は眠りについたのでした。(つづく)
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